一撃の拳〜松井章圭

読んだ本から

読んだ本から興味深い箇所を取り上げるシリーズ。
今回は「一撃の拳・松井章圭」北之口太著

松井章圭氏と許永中氏の関係の場面より

松井のCTCへの就職に関する面談は、帝国ホテルにあった事務所で行われた。
(中略)
許は松井に「わしは九時、五時のサラリーマンを雇うつもりはない」と言った。松井は、「はい」と即答した。
ある日、許は「福本邦雄という人物のところで勉強してみないか」と勧めてきた。

1988年、極真会館を飛び出した松井氏が許永中氏と出会うシーン。
CTCとは許会長のコスモ・タイガー・コーポレーション中庸会
その後、彼の忠言で当時KBS京都社長であった福本邦雄氏の秘書を務めた松井氏は1991年に再び極真会館に戻ります。
その年の7月に許永中氏はイトマン事件で逮捕されています。

この頃については、書いている書籍も少なく、空白に近い時代です。許永中氏の当時の動きと絡めて分析するのも面白いかもしれません。

■追記
駆け出しの頃の、許永中さんといえば–

大谷貴義(wiki)より

宝石卸を本業として「日本の宝石王」と呼ばれる一方、政財官界やアンダーグラウンドの世界に隠然たる力をもち、児玉誉士夫らと並ぶ「戦後最大級のフィクサー」と称された。特に、福田赳夫元首相とのつながりが強く、「福田の影に大谷あり」と言われた。公の場にはあまり姿を現さず、東京の最高級住宅街である代々木上原に1,000坪の豪邸を構え、十数人の使用人に囲まれて過ごしたため、謎のフィクサーとも呼ばれた。
……
さらに、田中角栄元首相や、国際興業創業者
小佐野賢治、そごう元会長水島廣雄と懇意にするのみならず、戦後最大のフィクサー児玉誉士夫、山口組3代目組長田岡一雄、東声会(現・東亜会)会長町井久之ら、アンダーグラウンドの世界にも顔が利いた。現在服役中の許永中も若い頃、大谷のボディーガード兼運転手をしながら、フィクサー業の修行をした。後に、「大谷先生の下で働き、大人の恐ろしい世界を知った。」と述べている

■つぶやき
福田派といえば清和会。
清和会に連なる裏システムの予感。

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