【wiki拾い読み】物産館 (建築物)

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物産館 (建築物)

物産館(ぶっさんかん)とは、かつて日本の東京都港区西新橋にあった建築物である。旧称は日産館。別称は日産ビルディング(日産館時代)、三井物産館、三井物産本社ビル(物産館時代)など。

沿革
日産コンツェルンはそれまで麹町区八重洲町(現千代田区丸の内2丁目)にあった三菱仲15号館を拠点としていたが、事業の拡大によって手狭となってきた。そのため、芝区田村町(現港​区​西​新​橋​1丁目​)に自社ビルを建設することとなり、1934年(昭和9年)11月に着工、1937年(昭和12年)7月に竣工した。

日中戦争・第二次世界大戦の進捗に伴う戦局の変化から、1944年(昭和19年)6月に大日本帝国海軍に接収され、艦政本部が置かれた。終戦後は東京大空襲で庁舎を焼失した外務省が入居し、終戦連絡中央事務局が設置された。財閥解体の過程で、厚生省に所有権が移っていた日産館は、日産コンツェルン傘下だった合同ビルディングが買い戻し、貸事務所として使用された。1954年(昭和29年)7月15日には、日本初の屋上プールが営業を開始している。

1956年(昭和31年)、鮎川義介日産館を所有会社の合同ビルディングと共に三井物産に売却した。日産館は「物産館」と改称され(同時に合同ビルディングは社名を「物産不動産」とした)、三井物産の本社社屋として使用されるようになる。

1974年(昭和49年)10月14日、3階にあった三井物産電算機室に仕掛けられた爆弾が爆発。16人が負傷した(三井物産爆破事件)。この事件は東アジア反日武装戦線による一連の連続企業爆破事件のひとつに数えられる。

1976年(昭和51年)10月、三井物産は本社を大手町に移転した。これを機に、隣接する日比谷国際ビルヂング(旧NHK東京放送会館。1938年築)、富国館(1927年築)との一体再開発が、所有各社や周辺地権者の間で検討されたが、物産不動産は単独での改築に方針を転換した。同年12月の警視庁仮庁舎設置を経て、1980年(昭和55年)に日比谷セントラルビル建設のため解体された。

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