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閑院宮春仁王〜wiki拾い読み

wiki拾い読み

閑院宮春仁王
閑院宮春仁王(かんいんのみや はるひとおう、1902年(明治35年)8月3日 – 1988年(昭和63年)6月18日)は、日本の皇族、陸軍軍人で、階級は大勲位陸軍少将に昇る。閑院宮載仁親王の第2王子。兄宮の篤仁王が生後すぐに薨去したため、実質長男として育ち、父載仁親王薨去にともない閑院宮を継承した。
戦後は皇籍を離脱し、姓を閑院とし閑院春仁と名乗った。のちに
純仁と改名した。
……
その後、春日興業を設立して社長に就任し、東海道本線田町駅前に春日ビル(現NEC春日ビル)を建設するなど、旧皇族の中では比較的経済的に成功したひとりであった。

MRAアジアセンターの竣工と開所式
閑院宮純仁親王にもお目にかかり、公的な利益に役に立つという条件で、土地の売却にもご異存がないことを確認し、建設の計画が急速に推進されることとなった。昭和36年(1961)4月には工藤昭四郎都民銀行頭取を理事長として「MRAアジアセンター建設後援会」が組織され、理事として十河信二国鉄総裁、千葉三郎自民党国会議員、山際正道日銀総裁、渋沢敬三元大蔵大臣、早川慎一鉄道弘済会会長らが名を連ねた。

国指定史跡小田原城跡
江戸時代になると、この場所は「御留山」となり、一般の人の立ち入りが禁止された。明治維新を迎え、閑院宮家の所有を経て、昭和35年(1960)に(財)MRAハウスの所有地となり、平成18年(2006年)までにアジアセンターODAWARAとして活用されていた。平成19年に国指定史跡に指定さ
れ、平成20年史跡用地として公有地化した。

■考察
MRAーNEC春日ビルー三都興業

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