【wiki連鎖】中村天風

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中村天風

中村天風(なかむら てんぷう、1876年7月30日 – 1968年12月1日)は日本の思想家、実業家、諜報員。日本初のヨーガ行者で、天風会を創始し心身統一法を広めた。
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その後、1892年(明治25年)に
玄洋社の頭山満のもとに預けられる

天風は玄洋社で頭角を現し、気性の荒さから「玄洋社の豹」と恐れられた。16歳の時に頭山満の紹介で帝国陸軍の軍事探偵(諜報員)となり満州へ赴き、大連から遼東半島に潜入し錦州城、九連城の偵察を行う。
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こうして天風は1911年5月25日に日本への帰路に就くが、その途中経由地であったアレキサンドリアにて
インドのヨーガの聖人であるカリアッパ師と邂逅。そのまま弟子入りしヒマラヤ第3の高峰カンチェンジュンガ山麓にあるゴーク村で2年半修行を行う。この修行を通じて結核はすっかり治癒し、さらに悟りを得るに至った。
1913年にインドを立ち日本へ向かうが、その途上で
孫文の起こした第2次辛亥革命に巻き込まれ、そのまま「中華民国最高顧問」として協力。革命は挫折したものの、その謝礼として財産を得た。

カリアッパ

カリアッパ(1871年 – 1922年)は、天風会を創始した中村天風の恩師。本名はカルマッパ・カギャブ・ドルジェ。

ラマ教における「カルマ・カギュ派」の第十五世管長である。病を治すために世界を旅していた中村天風を修行の場に誘い、命を救い、教えを授けた。

カンチェンジュンガ

カンチェンジュンガ(Kangchenjunga )は、ネパール東部のen:Taplejung Districtとインドのシッキム州との国境にあるシッキム・ヒマラヤの中心をなす山群の主峰。標高8,586mはエベレスト、K2に次いで世界第3位。
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・1905年 –
アレイスター・クロウリー隊による最初の登頂の試み。当時ヒマラヤ高峰の気象や登山適期はよくわかっておらず、夏のモンスーン季に入山したことが仇となり多量の降雪に阻まれ6200mの到達にとどまった。

アレイスター・クロウリー

アレイスター・クロウリー(アレスター・クロウリー、Aleister Crowley、1875年10月12日 – 1947年12月1日)は、イギリス(イングランド)のオカルティスト、儀式魔術師、著述家、登山家。『法の書』を執筆し、これを聖典とする宗教にして哲学であるセレマを提唱した。
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また、フォロワーにはジミー・ペイジ、デヴィッド・ボウイ、映画監督のケネス・アンガーらがおり、
ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のアルバムジャケットにもその姿が見られる
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・1898年 – ケンブリッジ大学卒業間際に
黄金の夜明け団の団員と接触、入団してその教義を学ぶ。

『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のアルバムジャケット風といえば

Economist

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